つらつらと。

わくわく楽しく生きたい。ただそれだけで幸せ。つらつらと毎日を綴ります。

手術当日(入院2日目)

8月某日 いよいよ手術の日。

 

A先生が病室に来てくれて「爽やかな顔してるな」と安心そうに去って行った。

 

弾性ストッキング(左右別)と手術衣(ノースリーブのワンピース型。両肩はボタン、両脇は四ヶ所を紐で留めるようになっていて前身頃と後ろ身頃を離せるようになっている。)のみを身につけ病室のベッドに横になり待機。

 

B先生とC先生がニコニコと顔を見にきてくれた。

 

朝8:30に病棟を出発。

 

ベッドごと手術室へ移動。A先生が待っててくれ、付き添いの夫は家族控え室へ。

 

一つドアを入ったところで担当の麻酔師さん、看護師さんたちが名前を言いよろしくお願いしますと次々と挨拶をしてくれるが目元しか見えないのと早すぎるのであまり認識もできず。パーティションが寄ってきてタオルケットでガードされ手術衣の前身頃が取り払わられ全裸の体にタオルケットが掛けられる。

 

いよいよ更に奥の奥くらいの部屋、手術室へ。ベッドが手術台の横へつけられ、自分でずりずりと横移動し手術台の上へ。心電図、血圧、点滴などの準備で、手術するのと反対の左側にいろいろ装着が始まる。

 

ボーッと上を見上げると、宇宙ステーションのような(行ったことないけど)見たこともない腕(?)の長さの白くてキレイで大きな照明が大中二つ、周りにはモニターや医療器具の乗ったワゴンのようなのや、遠くは見えない。研修医のC先生があっちのモニター見たりこっちのモニター見たりしていた。

 

「眠たくなるお薬を入れますよ」の声に天井を見つめること10秒あったかなかったか…

 

「◯◯さーん、終わりましたよー」の声に、あれ?寝ちゃってた?と慌てて起き上がろうとしたのか右腕を動かしそうになり「動かないでくださいねー、手術終わりましたよー。」と、本当に寝てるうちに終わるのね。「また夕方に手術結果の説明しに行きますね」とA先生。結局手術室ではB先生は見かけなかった(麻酔中のみ近くに居てくれてたんだろう)

 

さて、それからまたベッドで病室まで移動。顔を見て安心そうにしてくれた夫も一緒に。(手術時間は2時間弱と言われていて、8:30から手術です、という説明しか受けていなくて、こちらも確認していなくて、でも手術前に病室を出発したのが8:30だから、9時開始としても11時には終わるだろうとか、待っている時間がとても長かったらしい。そりゃそうだよね、病室に戻ったら12時を過ぎてた)

 

病室に着くまでは心拍のモニター音?ピッピッピッてやつ鳴らしながら、重篤?て様子で帰ってきた。ベッドの上で背中に板を挟んでレントゲン撮影(忘れ物がないかの確認かしら?)。足から採血。酸素マスクは3時間装着とのこと。点滴と尿の管ももちろんついている。

 

手術から戻ってすぐ、傷が痛むことに気付き看護師さんに訴えるも、手術後に痛み止めを入れてるとのことで、効くの待ち。苦痛レベルに痛かった。でも効いてきたら痛みはなくなりました。

 

夫と2人になり、ようやく聞けた、気になっていたこと。リンパ節への転移有無。幸い転移無し。センチネルリンパ節生検のみで、リンパ節郭清は行わずに済んだ。ホッとした。最後の最後、運任せだったこれ。最小限の手術で済んだ。最小限の範囲に食い止めた。

 

全身麻酔から醒めたら、うつらうつらした状態とか、ボーッとした状態とか、聞いていたけどいたって普通で、眠くもない。(さっきまで寝てたわけだし。)17時頃まで夫と話したり、ぼーっとしてみたりして過ごした。

 

夫のいる間にB先生、C先生が来てくれて、動きたそうな私を見て「安静も仕事と思って我慢して!(ニコ)明日になったら歩いてもらうからね」と。少ししてA先生も来て「24時間したら痛みがだいぶ楽になって、48時間したら帰りたくなるで」と言って去って行った。

 

仰向けに寝ているのはもう腰が痛くなってきたから左を下にして横を向かせてもらい、なんとか足腰の曲げ伸ばしはできるように。右腕も動かしていいとのことだったので、徐々に可動域を広げて顔や頭を掻けるように。

 

だけどそこまで。起き上がるのも水を飲むのも我慢。次の日の朝まで我慢。

 

就寝時に痛み止めをもう一度入れてもらった。(忘れられてたから自分で催促しました。)

 

夜中、ある程度寝たら目が覚めてしまい、暑いし、時計見えないし、喉からからだし、身体が縮こまって動きたいし、暇だし、辛かったー!長かったー!

 

そんな手術当日の記録でした。